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『第5回“すまこみ喫茶”』開催報告 その2


第5回“すまこみ喫茶”、埼玉の森川さんの感想です。 

『石巻ボランティア参加レポート』  
  9月28日~30日、大阪1名、新潟4名、埼玉1名の計6名が、2泊3日の石巻のボランティアツァーに参加しました。私は埼玉県北明るい社会づくりの会(本庄市)からの参加なので、大宮から合流させてもらいました。005_3  
    1日目は移動で2日目ボランティア当日の朝、スタッフの方に皆が逃げ登った日和山に連れて行ってもらいました。日和山からの景色からは街並みが忽然と消えていました。現地でみる景色は、震災で津波が押し寄せた映像を思い起こし言葉を失います。その場所で被災者でもある88歳の井上さんにお会いし、お話を聞かせてもらいました。石ノ森漫画館のある中洲の左手方向にあった井上さんのご自宅は、流れてきた船に押しつぶされて全壊しまったそうです。被災後6回引っ越しをして、古民家を購入しやっと落ち着くことができたそうです。よくよく話を聞くと井上さんはチリ地震も経験し、過酷なシベリア戦争も経験しています。シベリアでは草を食べて生き延びていたそうです。「生まれたときは体が弱くて、でもこうして生きていることを考えると関係ないなぁ。」と言葉を漏らした時、どんなに過酷で辛い境遇でも前に向かって生きていく井上さんの精神的な心の強さを感じました。024_4   
  「にっこりサンパーク」仮設住宅でのボランティアは、野外で約150人分の焼き鳥と焼きそばを振る舞い、室内では20名ほどが参加して、タオル生地とリボンでウサギと犬の小さなぬいぐるみを作成しました。私は焼きそばを担当し、焼きそばを詰める作業の合間合間に、何人かの方とお話することが出来ました。仮設住宅はあと2年弱しかいられないので、その後の引っ越し先に不安を抱えている高齢者や、契約社員で来年までもしくは数年しか仕事がないため、その先の就職活動に不安を抱えている3~40代ぐらいのお父さん達もいました。
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   車の販売をしていたが車も店も流されてしまって廃業し、被災後は落ち着くまで何度も引っ越しをした西條さん。「引っ越しは重労働ですから、それは大変ですね。」と伝えると、「全部失って身一つだから、そんなに大変ではないよ。」と言われハッとし、何もないことを思い知らされ、身につまされました。「人、物、建物、町、あらゆるものを失うこと」の意味を、私自身全く分かっていませんでした。103_5
  ボランティア最終日、スタッフの配慮で南三陸町へ視察に向かい防災庁舎を訪れました。センター前には供養のためのたくさんの花が供えられていました。そこで毎日、朽ちた花を片付けている80歳の岩淵菊二さんに話を聞かせてもらえました。岩淵さんは「おれは、こんなことぐらいしかできない。」とおっしゃっていました。しかし、積み上げられたゴミ袋の量をみると大変な作業だと思いました。志津川高校の裏手、小高い山の上に岩淵さんの自宅があり、ゴミ袋を持参して自転車でここまで通っています。岩淵さんは深いため息をつくと一言、「ここに町があったんだ。でも、なーんも無くなっちまった。」 震災前にいつも見ていた町の風景は忽然となくなり、岩淵さんの心中を思うと胸が詰まります。「この防災庁舎は壊してほしくない。ここがあるから、みんなが来て供養してくれる。」と。建物の残骸が少しずつ片付けられている中、骨組みだけの防災庁舎は慰霊碑のように佇んでいました。
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 今回のボランティア参加は、NPO法人明るい社会づくり運動のバックアップ、宮城県明社の萩谷さん、及び地元の石巻明社斎藤正美会長の人員・宿舎等の提供のもと実現しました。貴重な体験をさせて頂き、心より感謝申し上げます。被災地へ行かせていただいたおかげで、気付かせてもらったことがたくさんありました。本当にありがとうございました。

                                                    (埼玉県北明るい社会づくりの会 森川恵美子)