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『庭野平和財団主催:地元学研究会・水俣フィールドツアー』参加報告その1


10月14日(金)        

羽田から鹿児島へ。

   残念ながら雨がしとしと降ったりやんだり。一時間半バスに乗り、水俣に到着。
   
市内を通過し細い道の住宅街を抜け、水俣病センター相思社に到着します。
   
勝手に立派な“センター”を想像していた私は、小雨のなか目にしたコミュニティーセンターに、正直驚きました。こじんまりとした、むしろとても質素な建物でした。
   
水俣病センター相思社の遠藤さんが迎えてくれます。
   
水俣病センター相思社とは、「水俣病患者および関係者の生活全般の問題について相談、解決にあずかるとともに、水俣病に関する調査研究ならびに普及啓発を行うことを目的」として設立された財団法人です。同じ敷地内に水俣病歴史考証館があります。
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まずは腹ごしらえ。貝汁 南里わっぱめしをいただきました。
   
あったかくて美味しい!たくさんかさねて下から蒸かすという合理的な保温方法にビックリ。貝の出汁で炊いたごはんが味わい深かったです。
   
相思社の遠藤さんのリードのもと、地元学考案者の吉本哲郎さんにお話をうかがいました。
   
吉本さんは、元水俣市役所職員で、1994年に地元学を提唱した水俣の地域再生においての中心人物で、地域と人を断絶させてしまった水俣病に正面から取り組み、本来の地域の姿に戻るために尽力された方です。
   
「目指すのは、人が元気で、自然も元気で、経済も元気な町や村をつくること」というテーマのもと、お金をかけないで知恵と人の力で思いもかけないような村おこしを進めていきます。おしろかったのは、ないものを探してグチを言うのではなく、あるものをみつけて生かしていこうという「あるもの探し」。なにげなく過ごしている自分の身の回りの環境をもう一度見直し、それをマップに落としていく。でも、ただ地域マップをつくるのではなく、その過程で地域を知り学び、親しむ。ヒトとヒトを結ぶツールとしてその作業を生かしているのが印象的でした。
   
そしてその地元学を生かしているのが『村丸ごと博物館』です。今回は翌日にそれを実践している“頭石(かぐめいし)”地区にいくので楽しみにしていました。
 Dsc_4931_5 その後、相思社敷地内に併設の水俣病歴史考証館を見学しました。美しく豊かだった水俣が水銀によって汚染され、そして発病。はじめは幼い姉妹に症状があらわれ、新日本窒素肥料水俣工場(一般的には“チッソ”と呼ばれているそうです)附属病院長によって報告されました。Dsc_4944_4 そこから現在に至るまでの道は想像に絶するものです。 この考証館にはその歴史が詰まっていました。
   
考証館を見学後、バスで水俣病資料館に移動しました。ここは水俣病を風化させることなく後世に伝えるための施設。じつはこの資料館が建っている公園の下には、大量の水銀が埋まっているんだそうです。水俣病の指摘を受けたチッソが、秘密裏に変えた廃出口から出た水銀がたまった水俣湾。そこをを覆う形で平成51月にできた公園なんです。土に覆われているうちは大丈夫だそうですが、地震などで液化現象がおきたら、、、と思うとぞっとしました。
   
Dsc_4953_3 資料館を出てから親水護岸を歩きました。残念ながらものすごい強風で、海も荒れあれ。「今は水俣の海もこんなにきれいになりました、って人を連れてくるんですが、今日は逆効果ですね(笑)」と遠藤さんが話していました。
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その後、百間排水口を見学。原因物質の流出経路のもとの元です。もぅ・・・なんというか言葉がありませんでした。
  すべての行程を終え、水俣市の山奥に湧く湯の鶴温泉・あさひ荘に向かいます。湯の鶴温泉は700年前に平家の落人によって発見されたといわれる、由緒正しい!?温泉です。泉質は単純硫化水素泉で、とてもとても気持ちがいい温泉でした。(ワタクシ、滞在中に5回入浴しました)