都道府県・地区明社 活動紹介

明社埼玉県協議会『緊急アピール』


※このアピールは埼玉県明社独自のもので、全国明社が賛同・推進するものではありません。
 埼玉県明社からの、広く皆さまのご意見を頂戴したいとの強い希望により掲載するものです。

                                                       (全国明社事務局)

 

 

明社埼玉県協議会 緊急アピール

 

震災の教訓を後世に伝えるのは我々の責務

この大震災の象徴的遺構・南三陸町防災対策庁舎は保存すべき

震災遺構の保存は国が責任を持て、拙速な解体は将来に禍根を残す!

 

 東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町の佐藤町長は、去る9月26日、存廃論議が錯綜する中で苦渋の決断として防災対策庁舎の保存を断念し解体する旨を表明した。

 明るい社会づくり運動埼玉県協議会(略称:明社埼玉県協議会)は、ボランティア団体として震災直後から継続して南三陸町の被災者を支援してきたが、人材育成で開講した「第2期さきたま明社塾」塾生が1ケ月前に被災者支援を目的に南三陸町を訪れたばかりで、その総括会合の直前に今回の解体表明が報じられ、様々な議論を経た上で、このままでは重要な震災遺構が失われてしまい必ずや将来に禍根を残すとの危機感から塾生は元よりスタッフを含め参加者全員一致で下記提言がなされた。

本会はその内容を諒とし、本提言を以って緊急アピールを行うこととした。

 

平成251013                                                 
                                                             明るい社会づくり運動埼玉県協議会 
                                                         
会 長    奥 田 昌 利

 

 

1 多大の犠牲を生じた今回の東日本大震災において、その教訓を目に見える形で後世に伝えて行くことは我々の責務である。しかし今、被災地では、国庫負担による震災遺構解体費用の申請期限が目前に迫っているという財政的・時間的制約から、充分な議論も経ずに主要な震災遺構の解体が続き、このままではほとんどの遺構が失われ、必ずや将来に禍根を残すことになろう。

 

2 震災遺構の保存・維持管理には多大の費用が伴い、元より被災した地元自治体にはその負担を負うべくもなく、1000年に1度のこの事態に臨み、国は被災地地元市町村にその対応を委ねるのではなく、主要な遺構は貴重な国家的財産として踏み込む新たな視点に立ち、その責任において財政面の裏づけをもって選定し保存すべきである。

 

3 就中、最期まで防災無線で住民に高台避難を呼びかけた遠藤未希さんを含め42名がここで犠牲になった震災の象徴的遺構とも言うべき南三陸町防災対策庁舎は何としても保存し、遺族の方々にはどうか自己の悲しみと犠牲者の無念の思いを昇華する道を選択して欲しいと切に望みたい。

 

4 被災地地元住民でない我々がこの問題に関わるのは僭越ではないかとの議論もあったが、最も天災から縁遠いと言われてきた我々の埼玉でさえ先の竜巻による越谷・熊谷の被災で明らかなように、また首都圏直下型地震や東南海地震がいつ起きても不思議でない、災害列島とも言うべき日本に暮らす我々にとって、この問題は決して他人事ではなく自分自身の問題として捉えなければならない。

 

5 為政者としての村井宮城県知事並びに佐藤南三陸町長の下記発言は、県民・町民の枠を超えて広く国民にSOSを発している悲痛な叫びと我々は受け止めた。

 村井宮城県知事発言 震災遺構の存続は国の責任で決めて財源を確保すべきだ。遺構の保存は被災者に賛否両論がある上に、財政上の問題もあり、残すかどうかの判断を被災地の市町村長に任せるのは酷だ。国が保存、維持管理費を持つなら、私は批判を受けてもどこを残すか決める覚悟でいる。復興推進委員会で国に費用負担を要請し「メモリアル施設を造るよりも、震災遺構を各地に残す方が余程後世に震災の記憶を残していくことになると主張した。国がやりきれないのであれば、県に責任を与えてもらえば負う。

 佐藤南三陸町長発言 津波の恐ろしさは実際の建物を目にしたときのリアリティーには叶わない。従って私自身は防災対策庁舎は保存すべきだと考えて来た。しかし、現在の枠組みでは町にその負担に耐える力がない以上、苦渋の結論として解体を決断せざるを得なかった。

こういうつらい問題を市町村に全て任せていいのか。まだ残る震災遺構をどうするのか、国として震災を後世にどう伝えていくのか、積極的に考えて欲しい。

 

6 よって、震災遺構の保存につき国が積極的に関与し、未曾有の大震災で多大な犠牲を払って得た貴重な教訓を後世に確実に伝えるべく最善の措置を講じるよう、早急に国、行政、関係機関、諸団体、マスコミ等に広く呼びかけることとしたものである。

 

■「提言に至る経緯」の詳細については別紙添付資料を参照ください。

《提言に至る経緯》

 

1 南三陸町防災対策庁舎解体決定の経過

⑴ 震災直後、佐藤南三陸町長は町として防災対策庁舎の保存を表明。

⑵ 遺族らからの反対の声で平成23年9月に町は解体へ方針転換。

⑶ 昨年、早期解体、解体一時延期、保存の3陳情が出され9月町議会は早期解体の陳情を採択。

⑷ 以後、佐藤町長は水面下で保存の道を探ってきたとされる。

⑸ しかし、去る9月26日、佐藤町長は解体を正式に表明した。(今年中に解体完了の予定)

 

2 解体決定理由

⑴ 佐藤町長の挙げた解体理由
① 
町の復興計画では防災対策庁舎周辺は4mの地盤かさ上げが必要である。
② このまま保存すれば周辺の復興工事に支障を来たす。

③ 防災庁舎の保存は町の大きな財政負担となり、被災した小さな町には荷が重過ぎる。
④ 犠牲者の遺族、被災者、町民の心情に配慮した。           

⑵ 最大の理由は町の財政負担

① 佐藤町長が解体を決断するに到った決定的な理由は、③の財政負担の問題である。

町には元より保存・維持管理に耐える財政力はない。

自治体・個人を問わず建造物の解体費用は全額国から助成されるが、保存・維持費については助成されない。

② 被災地で震災遺構が次々に解体されている理由は、解体が今年中に完了すれば、その費用が国から支払われ、その申請期限が9月末だったためで、期限に迫られた結果、広く議論がなされぬまま、時間切れになってしまった事情がある。

③ つまり、保存断念の一番の理由、そしてその背景は国が震災遺構について積極的な方針や財政支援を示さず、対応を市町村任せにして来た国の無策だと言っても過言ではない。


3 他の震災遺構の存廃状況 
(現状では保存費用は全て地方自治体が乏しい予算から支出する事になる)

    ① 解体 宮城県気仙沼市の市街地に打ち上げられていた大型漁船第18共徳丸は、
       市が保存を主張すると共に全世帯を対象にアンケートを実施、68%が保存反対。
       よって現在解体中。

 解体 岩手県釜石市 防災センターの解体を決定。遺族の意向を受け解体着手は遅らせる。

 保存 岩手県宮古市 市は「たろう観光ホテル」の建物を取得し、防災ツア-と防災教育の拠点にする方針。当面の保存費だけで3億円が必要と見ている。

 撤去⇒保存 岩手県大槌町 民宿の上に乗り上げた観光船「はまゆり」は撤去されたが、防災の象徴として復元を求める声が住民から上がり、町は昨年7月、費用充当寄付募金を開始。

 今後検討 石巻市・大川小学校校舎。川に沿った高台に避難する途中、津波に襲われ児童74名と教師10名が犠牲となり、助かったのは急遽裏山を登った児童3名と教師1名のみ。

 今後検討 石巻市・門脇小学校校舎。校庭に避難して来た車が津波でぶつかり合い次々に引火。その火が流失家屋に移り校舎も炎上。校舎は今尚黒焦げの状態のまま。

 

4 過去の保存事例

① 広島原爆ド-ム保存の経緯

広島の原爆ド-ムは、今でこそ年間見学者が200万人を越えているが、終戦後取り扱いを話し合った際、被爆の悲惨さを思い出すから壊そうという意見も多く、すんなりと保存が決まった訳ではなかった。原爆症で白血病を患い亡くなった一人の少女の「あの痛々しい原爆ドームだけが、いつまでも恐るべき原爆のことを後世に訴えかけてくれるだろう」という日記が発見されて大きな反響を呼び、住民の意向が自然に一つの方向に収斂してゆき、保存が決まったのは終戦後21年目の1966年だった。96年には世界遺産にも登録され、今や原爆ドームの無い広島は考えられず、世界に向けた核兵器廃絶のシンボルになっている。

② 日航機墜落事故機体保存の経緯

天災ではないが、1985年に520人の犠牲者を出した日本航空機墜落事故。回収された機体の残骸が2006年から羽田空港近くの日航安全啓発センターで一般公開されている。遺族にも「思い出したくない」「二度とこのような悲惨な事態が起こらぬよう保存すべき」と一人の人の心の中でさえ賛否両論の葛藤があったが、自己の悲しみを乗り越えて遺族たちの意向は保存に収斂し、当初消極的であった日航も遺族会の強い意向を受けて機体の残骸の保存・展示が決まった。

5 「防災対策庁舎保存」提言の経緯

⑴ 我々は大震災直後から幾度となく南三陸町志津川地区を訪れて来た。

震災直後から昨年の末までは、市街地にもガレキがあり、家々の基礎跡が残り、そして「防災対策庁舎」があり、「震災以前はここにも人々の暮らしがあったのだ」とイメ-ジを膨らますことができた。

⑵ 本年9月7日、塾生と共に南三陸町志津川市街を訪れた。復興は遅いながらも少しずつ進み被災した市街地一帯は、ガレキも処理され一面草に覆われ、ポツンとたたずむ赤茶けた鉄骨の「防災対策庁舎」の存在だけが目立っている。南三陸町ももはや防災庁舎がなければ、平穏な漁村ののどかな風景と見間違えてしまうに違いない。

⑶ その防災対策庁舎の前で多くの人々が慰霊・献花・黙祷を捧げていた。なぜ、多くの人が被災地見学の場所として、南三陸町を選び、防災庁舎を訪れるのか?

ここで42名もの犠牲者が出、最期まで住民に高台避難を呼びかけ続けた遠藤未希さんの崇高な死への強烈な思いがそうさせるのは明らかだ。

増して、全国に先駆けて公立の中学・高校の道徳の教材「天使の声」として遠藤未希さんのことを学ばせている我々埼玉県民は格別深い思いを持っている。

⑷ この防災対策庁舎は、その存在自体が津波の恐ろしさ、悲惨さ、被災者の辛さ、人間の非力など、様々な教訓を雄弁に語りかけてくれる大震災の象徴的遺構である。

⑸ 拙速な解体は将来に大きな禍根を残すのは明白。震災の教訓を後世に向けて誰の目にも解るように伝承してゆくことには誰も異論はないはず。そのために必要な遺構の保存、維持管理が地方自治体にとって財政的に困難である以上、国がその任を負うべきである。

 

6 遺構保存論の主張

作家:曽野綾子】H25.9.25 産経新聞『保存すべきだった不幸の痕跡』 

気仙沼市の市街地に打ち上げられていた大型漁船第18共徳丸、市長は保存を訴えたが市民の反対で解体が決まった。もったいないことをしたものだ。人間は、自分の不幸や愚かさの歴史をきちんと取っておくべきなのだ。自分や自分の民族が非人道的な目に遭った、と言って、その暗い痕跡を取り除くほど愚かなことはない。この船は想定外の運命を誰よりも能弁に語り、更に観光の目玉商品にもなってくれたはずなのに。過去の不幸や道徳的間違いがあった場合、その痕跡を「消す」ことが、平和や道徳の証しではないのである。幸運にも手にし得た幸福と共に、降りかかってきた不幸や犯した間違いもまた、個人と社会の一種の精神的財産なのだから、それを長く残して、未来に役立てる勇気が必要だと思っている。

【塾  生】 防災対策庁舎保存の陳情は語り部の人から出たと聞く。被災者ではない遠方からの訪問者である我々でも防災庁舎の前に立って見上げると、自然の猛威は決して他人事でなく自分自身の問題として災害に対する日頃の備えを問われていることに気づかされる。解体は、その掛け替えのない貴重な「無言の語り部」をなくしてしまうということだ。

⑶【塾  生】 犠牲者の遺族や関係者に解体論が多いと言うのは心情的に理解できる。しかし、犠牲者本人の視点が論じられていないのではないか? 私が犠牲者だったら、こんな理不尽な死に方は今回だけでお終いにしてくれ、将来2度とこんな目に遭う人が出ないようにするためにも遺構を残し、いつまでも教訓にして忘れないで欲しいと願うに違いない。保存に反対の遺族の方々も悲しみに埋没することなく、犠牲者の無念の思いを昇華する道を選択できないものだろうか。

【スタッフ】 佐藤町長は為政者として持論の防災庁舎保存を広く町民に訴え、国民世論・国政に働きかけるべきだ。防災庁舎で肉親を失った遺族で熱心な保存論者を私は知っている。遺族や被災者の思いも月日の経過と共に変化している。マスコミも解体論は皆無。町は町全世帯の意向調査を至急に実施し、その結果を以って国政に働きかけるべきだ。政治は全て結果責任。町の計画では防災庁舎周辺は復興祈念公園になる。だが祈念碑を建てて、どれだけの人が訪れるだろうか。むしろ、祈念公園の中核に防災対策庁舎こそが必要ではないのか。

 

 

《終 わ り に》

 

東日本大震災の後、大津波を経験した先人たちがその恐ろしさを後世に伝えようと建立したが、時の経過と共にいつしか忘れられてしまった碑が各地で再発見された。恐怖も苦難も、その時に経験した人がいなくなれば簡単に失われてしまい、代々の口伝もいつかは忘れられてしまうことをこれほど如実に語る事実はない。建造物は一度壊してしまったら二度と元に戻すことはできない。

歴史は忘れ去られるものであって、誰かが「正しく伝える」努力をしなければ本来残らないものなのだ。その努力は、日々の営みの中で、営々として途切れずに続けられてこそ、いつか必ずやその結果が現れる時がやって来る。

震災遺構の問題を含め大震災の教訓を後世にしっかりと伝えてゆく責務は、直接悲惨な体験をした被災地の人々のみに課せられて良いはずはない。同時代に生きている我々現代の日本人全てが我がこととして担うべき課題である。

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